「贅沢」とは何か
― 金額ではなく、暮らしの中の“位置”で決まる
シリーズ最終回です。第1回は食費の割合、第2回は中身、第3回は必需と選択の境界線を見てきました。最後は、「贅沢」そのものを取り上げます。経済学には、贅沢を金額ではなく“反応のしかた”で定義する考え方があります。そこにたどり着くと、「贅沢かどうか」は他人と比べて決まるものではない、という出発点に戻ってきます。
経済学でいう「贅沢」=所得弾力性
経済学では、贅沢品(専門用語では奢侈品)を所得弾力性という数値で定義します。これは「所得が1%増えたとき、その品物の需要が何%増えるか」を示すものです。所得が増えても買う量があまり変わらないものは必需品、所得が増えると一気に買う量が増えるものは贅沢品、という考え方です。数値で見ると、次の3つに分かれます。劣等財 所得増で減る 必需品 0〜1 贅沢品(奢侈品) 1より大きい 所得弾力性(所得が1%増えたとき需要が何%増えるか) 小 ←──────────────→ 大
所得弾力性で見ると、贅沢品は「所得が増えると需要が大きく増えるもの」と定義される。
- 贅沢品(弾力性 1より大) 高級な肉、外食、ワインなど。所得が増えると一気に増える。
- 必需品(弾力性 0〜1) 米やパンなど。所得が増えても増え方はゆるやか。
- 劣等財(弾力性 マイナス) 所得が増えると、かえって買う量が減るもの。
食べものは、この3つにまたがる
食べものは、所得弾力性で見ると3つのゾーンに散らばります。米やパンのような主食は必需品。外食や高級な肉、ワインは贅沢品の側です。そして、所得が増えると逆に買わなくなるものは劣等財にあたります。同じ「食べもの」でも、所得との付き合い方はこれだけ違うのです。
◎ なぜ「割合」で測れるのか
所得弾力性は「変化率の比」です。金額の大小ではなく増え方の比なので、値段が違う品物どうしでも同じ物差しで比べられます。このシリーズが最初から「絶対額ではなく相対で」と言ってきたのは、まさにこの考え方が背骨にあるからです。
同じ食品でも、必需にも贅沢にもなる
ここが最終回でいちばんお伝えしたいことです。所得弾力性は、その人の暮らしによって変わります。たとえば外食は、共働きで時間に追われている家庭では「時間を買う」ためのほぼ必需かもしれません。一方、時間に余裕のある家庭では、外食は楽しみとしての贅沢になります。同じ外食でも、暮らしの中での位置が違うのです。
つまり「贅沢」は、決まった金額のことではありません。その人の暮らしの中で、それがどんな“位置”にあるかで決まります。だから、他人の食費や全国平均と比べて「贅沢かどうか」を決めることには、あまり意味がないのです。
結局、物差しは自分の中にある
このシリーズで見てきた道具を並べてみます。食費の割合(エンゲル係数)、中身の構成比、必需と選択の境界線、そして所得弾力性。どれも共通しているのは、食費を「相対」で見るための道具だということです。絶対額の高い・低いではなく、自分の暮らしの中での位置づけを見る。それが、押しつけられた基準ではなく、自分の判断軸を育てることにつながります。
シリーズのまとめ
食費が高いか低いか、贅沢か倹約か――その答えは、平均や他人の中にはありません。自分にとっての必需と選択を見極めること。それが、家計にも健康づくりにも効く、いちばん確かな物差しです。
補足:第3回で紹介した総務省の「支出弾力性」は消費支出全体に対する反応、今回の「所得弾力性」は所得に対する反応で、基準が少し異なる近い親戚のような指標です。どちらも「余裕が増えたときに、どれだけ需要が反応するか」を見ている点は共通しています。
このシリーズ(全4回)
▶ 第1回:エンゲル係数が高い=生活が苦しい?▶ 第2回:食料費は「何でできている」?▶ 第3回:削れる支出・削れない支出という分け方
4回にわたって、食費を「相対」で見る道具をたどってきました。割合・中身・必需と選択・所得弾力性――どれも、自分の暮らしの中で食費がどんな位置にあるかを照らしてくれます。数字は道具であって、答えではありません。あなたの食卓にとって何が必需で、何が選んだ贅沢なのか。その物差しは、きっとあなた自身の中にあります。
出典:所得弾力性および必需品・奢侈品(贅沢品)・劣等財の定義は、経済学(ミクロ経済学)の標準的な概念にもとづく。所得弾力性が1より大きい財を奢侈品(贅沢品)、0〜1を必需品、0未満を劣等財とする分類は一般的な整理による。なお、本文で触れた総務省「家計調査」の支出弾力性は、消費支出総額に対する弾力性であり、所得に対する所得弾力性とは基準が異なる関連指標である。

コメント