「食欲の秋」という言葉は、日本の秋を語るうえで広く親しまれています。民間のアンケートでも「〇〇の秋」の筆頭に挙げられることが多く、季節を象徴する表現として定着しています。もっとも、「なぜ秋に食欲が増すのか」を一つに定める決定的な理由は確認されておらず、複数の仮説が重なり合って語られているのが実情です。前編では、代表的な5つの説を科学の視点から整理します。
説① 日照時間の短縮とセロトニン
日光を浴びると、脳内でセロトニンという神経伝達物質の分泌が促されます。セロトニンには気分を安定させる働きがあり、食欲を抑える方向にも関与すると考えられています。秋から冬にかけて日照時間が短くなるとセロトニンの働きが弱まり、食欲が高まりやすくなるという仮説です。季節性の気分の落ち込み(季節性感情障害)に関する研究では、秋の後半から冬にかけて炭水化物への欲求が強まり、春から夏にかけて弱まる傾向が報告されています。日照の減少は秋に始まりますが、影響が最も強く現れる時期は冬に寄っており、後編で示すデータとも整合します。
説② 気温の低下と熱産生
気温が下がると、体温を保つために消費するエネルギーが増えます。消費が増えた分だけ食欲も高まるという、生理的に理にかなった説明です。ただし、寒さが本格化するのは晩秋から冬であり、説②もまた「秋そのもの」より寒冷期に強く当てはまります。
説③ 夏の疲労からの回復
暑さで低下していた食欲が、過ごしやすい気候とともに回復するという説です。夏の落ち込みからの反動によって、秋に食欲が「増えた」と感じやすくなります。
説④ 旬の食材の豊富さ
新米、さんま、梨、ぶどう、きのこ、栗など、秋は旬を迎える食材が一斉に出そろいます。魅力的な食材が食卓に並ぶ環境そのものが、食欲を後押しする要因になります。
説⑤ 寒い季節に備える体の働き
冬眠前の動物が栄養を蓄えるように、寒い季節に備えてエネルギーを確保しようとする働きが人にも残っているという説です。科学的な裏づけは限定的ですが、寒冷期への準備という観点は他の説とも共通します。
五つの説に共通する背景
五つの説に共通するのは、いずれも「秋単独」ではなく、日照・気温・食環境という、秋から冬への移り変わりを背景としている点です。では、実際の食事量や体重は季節によってどのように動くのでしょうか。後編では、観察研究とメタ分析のデータをもとに確かめます。
出典
- 季節性感情障害における炭水化物欲求の季節性:Seasonal Affective Disorder, StatPearls(NIH/NCBI Bookshelf, 2024)

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