のどが渇いてからでは、すでに遅い
水分補給と聞くと、多くの方は夏場の熱中症対策を思い浮かべるかもしれません。確かに脱水は暑い季節に注意が必要ですが、体の水分不足がもたらす影響は熱中症だけにとどまりません。
厚生労働省が進める「健康のため水を飲もう」推進運動では、体の中の水分が不足すると、熱中症だけでなく脳梗塞や心筋梗塞など、さまざまな健康障害のリスク要因となることが示されています。特に中高年で多く起こる脳梗塞や心筋梗塞では、水分摂取量の不足が大きなリスク要因のひとつに挙げられています。
そして、のどの渇きを感じた時には、すでに脱水が始まっている状態とされています。渇きを覚えてから飲むのでは、対応が遅れてしまう場合があるのです。
この記事では、脱水がなぜ脳梗塞のリスクを高めるのか、そして脳梗塞という病気が「食べる」という営みにどのような影響を及ぼしうるのかを、健康づくりの観点から整理します。単なる水分補給のすすめではなく、水分不足の先にある影響まで見据えて、日々の習慣を考えるきっかけになれば幸いです。
脱水が血管を詰まらせる仕組み
体の水分が不足すると、血液中の水分も減少します。すると血液が濃くなり、いわゆる「血液がドロドロした状態」に近づきます。この状態は、専門的には血液濃縮と呼ばれます。
血液が濃縮されると、血液の流れが悪くなるだけでなく、血栓(血の塊)ができやすくなります。脱水による血液濃縮は、血液を固める働きを持つ物質の濃度を高め、血栓ができやすい状態を促してしまうとされています。こうしてできた血栓が脳の血管を詰まらせると、脳梗塞につながります。
体の水分は、激しい運動をしていなくても、日常生活の中で自然に失われていきます。厚生労働省の資料によれば、成人の1日の水の出入りは、尿や便から約1.6リットル、呼吸や汗として気づかないうちに失われる分(不感蒸泄)から約0.9リットルが失われるとされています。つまり、特別な理由がなくても、私たちは毎日相当量の水分を体の外へ手放しているのです。
失われた分を飲み物や食事で補えていない場合、体は少しずつ水分不足へと傾いていきます。長寿科学振興財団の健康長寿ネットでも、のどの渇きを感じた時にはすでに脱水が始まっているとされており、渇きを目安にするだけでは補給が追いつかない場合があることがわかります。
睡眠中と起床時が、ひとつの注意点になります
脱水のリスクが高まる場面として、就寝中が挙げられます。睡眠中は水分をとることができないうえ、寝ている間にも汗や呼吸を通じて水分が失われ続けます。そのため、朝方や起床時は、体の水分が不足しやすいタイミングと考えられます。
「健康のため水を飲もう」推進運動でも、寝る前、起床時、入浴の前後、そしてのどが渇く前の水分補給を心がけることが重要とされています。就寝前の一杯と起床時の一杯は、水分が失われやすい時間帯に備える意味で、無理なく取り入れやすい習慣といえます。
脳梗塞は「食べる」ことにも影響します
ここからは、健康づくりの観点から特にお伝えしたい点です。脳梗塞は、命に関わる病気であると同時に、その後の「食べる」という営みに大きな影響を残すことがあります。
食べ物を口に入れてから胃へ送り込むまでの一連の動作は「摂食・嚥下(えんげ)」と呼ばれ、脳・口・のど・食道が連動した複雑な動作です。この動作は、脳が神経を通じて細かく調整しています。そのため、脳梗塞によって脳の一部が損なわれると、飲み込む力がうまく働かなくなる「摂食・嚥下障害」が起こることがあります。
摂食・嚥下障害の主な原因として、最も多いのが脳血管疾患とされています。脳卒中の急性期には、7割程度で嚥下障害を認めるという報告もあり、脳梗塞と飲み込みの障害は決して無縁ではありません。
摂食・嚥下障害が起こると、食べ物や飲み物をうまく飲み込めなくなり、むせる、食事に時間がかかる、食べられる量が減るといった変化が現れます。飲み込む力が十分に回復しない場合には、食事の形を細かく刻んだり、とろみをつけたりといった調整が必要になることもあります。状態によっては、口から食べることが一時的に難しくなり、流動食や、鼻や胃から直接栄養を送る経管栄養から食事を再開するという段階を踏むこともあります。
食事は「栄養」であると同時に「楽しみ」でもあります
食事は、生命を維持するために欠かせないものですが、それだけではありません。友人とおいしいものを食べる時間や、日々のご褒美として好きな味を楽しむひとときは、多くの方にとって暮らしの中の大切な楽しみになっています。
飲み込む力が損なわれ、食べ物や飲み物を思うようにとれなくなると、脱水や低栄養といった体への影響が生じるだけでなく、食事そのものがストレスに感じられ、心の不調につながる場合もあるとされています。「食べたいものを、食べたい形で味わう」という、当たり前に思えることが、当たり前ではなくなることがあるのです。
脱水を防ぐことは、脳梗塞のリスクを下げることにつながり、そのことは巡り巡って「これからも好きなものを食べ続けられる」という、暮らしの豊かさを守ることにもつながっています。水分補給を、単なる体調管理としてではなく、食べる楽しみを守るための習慣としてとらえていただけたらと思います。
今日から続けられる、水分補給の習慣
最後に、日々の暮らしに取り入れやすい水分補給の心がけを整理します。特別な準備は必要ありません。タイミングを決めておくことが、こまめな補給を続けるうえで役立ちます。
「健康のため水を飲もう」推進運動で示されているタイミングを参考に、次のような場面を目安にしてみてください。
- 起床時に、コップ一杯の水を飲む
- 就寝前に、コップ一杯の水を飲む
- 入浴の前後に、水分をとる
- のどが渇く前に、こまめに飲む
水分の摂取源については、欧米の研究をもとにした目安として、食物から得られる分を除き、飲み物として1日あたり1.5リットル程度の水を飲むことが望ましいとする考え方が示されています。ただし、必要な量には個人差があり、持病がある方や、水分制限を受けている方は、自己判断で量を増やすのではなく、必ずかかりつけの医師の指示に従ってください。
のどの渇きを感じてから飲むのではなく、渇きを感じる前に、少しずつ、こまめに補うこと。この積み重ねが、脱水を遠ざけ、これからも自分の好きなものを味わい続けるための土台になります。
参考資料
- 厚生労働省「健康のため水を飲もう」推進運動(環境省・国土交通省 掲載ページ)
- 公益財団法人 長寿科学振興財団 健康長寿ネット「水は1日どれくらい飲めば良いか」
- 公益財団法人 長寿科学振興財団「高齢者の摂食・嚥下障害とその対策」
※本記事は一般的な健康情報の提供を目的としたものであり、個別の診断や治療方針を示すものではありません。持病のある方や水分制限を受けている方は、必ずかかりつけの医師にご相談ください。

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